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🏞 川と日本人との関わりと歴史

 

 

 

どうも!コンチャっす!WildScene広報担当のあっきーです!

 

 

 

 

この前『海と日本人の関わりと歴史』を記事にさせていただいたのですが、実は日本人は『川』とも親和性が高いことで知られています。

 

海からは『海産物』などによって生活に対する『恩恵』を得ていて、

一方、川には『たんぼの引水』や『飲水』としての『恩恵』を受けていました。

 

このように日本人は古来から『海水』と『淡水』を使い分けそれぞれの恩恵を受けていたわけです。

 

そこで今回は『川と日本人との歴史』を記事にしていきたいと思います。!

 

日本人の『もう一つの命』である『川の歴史』

どうぞ!

 

 

目次

 

 

 

1・川と人との関わり

 

河川と人間とのかかわりは非常に古く深いものであり、河川は文明発生の原点であったことが知られている。

 

それは当然人間の生活を支えるものである。

河川は農耕地を潤すものとして必要不可欠なものであり、水流による移動・運搬などの手段としても重要であった。

 

このように河川は人間にとってなくてはならない恩恵をもたらす一方、時に大規模な氾濫を生じ、人間の生存を脅かす存在でもあるのです。

 

時に人は川から豊かな景観とかけがえのない原体験を得て、

そして時には脅威と教訓を与えてくれる

 

そんな日本人の『心理的財産』と呼べるものが『川』なのです。

 

 

 

2・原始(縄文)〜古代(弥生)

 

 

 

【縄文時代前期】

温暖化により海面が上昇し現在の『さいたま市』まで海が入り込んでいたと言われています。

 

【縄文時代中期】

気候の寒冷化で『海岸線』が徐々に後退して行き、それに伴って『海』が取り残された場所が『干潟』や『湖』になっていきます。

こうした『海退』が弥生時代の初めまで続いたとされています。

 

 

 

 

【縄文人と川の関わり】

 

川の水を引き生活用水にするとともに、川での漁業が行われていたと考えられています。

 

 

 

 

 

【弥生時代】

弥生時代に入ると海退した陸地は『水田稲作』にとって絶好の耕地になり、集落も『台地上』から『平野』に移動して行きます。

 

 

 

 

 

 

 

【弥生人と川との関わり】

 

稲作の伝来により、人々と中小河川の関わりが農業を通じて生まれました。

 

水田は湿地的性質が強い『谷地田』が中心。

後には余り水や雨水などを貯めておく『溜池』が作られるなど、人々が『水』を管理する生活が始まりました。

 

 

 

 

3・奈良〜江戸

 

 

【奈良・室町時代】

 

人口増加に伴い、居住地や農耕地が低平地にも拡大して行きます。

 

耕地は水を得やすいように『湿地』に作られる為水害が多く、洪水に悩まされて行きます。

この頃から『利水』だけではなく『治水』の概念が生まれました。

 

 

 

【奈良時代の川との関わり】

 

当時は土木技術が未発達で、資材も周辺で手に入るものだけだったので、大規模な工事ができず、治水も耕地の流出防止を図る程度のものでした。

 

 

 

 

 

【江戸時代①】

 

江戸時代になると『土木』や『治水』の技術が発達し、氾濫などによって生まれた平野の水田開発が始まり、各地で河川の特徴に応じた治水事業が進められました。

 

 

 

 

【江戸時代②】

米作中心の経済になったことで、米輸送のための『河川舟運』が発達。

川が交通・運搬のメインルートになり、川沿いに都市が築かれ、導水技術も確立されてきます。

 

 

 

 

 

 

【江戸時代③】

 

舟運の最盛期であった江戸時代では、関東一帯に船着場が設置され、人口120万の文化と経済と生活を舟運が支えました。

 

 

 

 

 

【江戸時代の人々と川の関わり】

 

江戸時代は『太平の世』と言われており。様々な文化が発達しています。『渡し船』や『渡し人』もあり、河川の広さに応じて需要があったとされています。

 

また侍、町民、遊女の間で『釣り』が流行していたこともあり、江戸の川には釣りをしている人の姿がそこかしこで見られたそうです。

 

 

 

4・明治〜現代

 

 

 

【明治時代】

明治時代に入ると、蒸気船の登場により舟運ルートの改善を目的とした工事が国をあげて積極的に行われた。

また西洋の土木技術の導入により、全国で主要河川の上流から下流までの治水工事が行われ、水害に対しての成果を挙げていった。

 

 

 

【明治の人々と川の関わり】

 

明治の後半には日本の河川に蒸気船が走るようになり、貨物の概念が変わるとともに、一般人も『客船』として船を利用するようになる。今までは交通の手段でしかなかった川がそこに『楽しみ』を見出した時代である。

 

 

 

 

 

 

大正・昭和】

大正に入ると鉄道の普及により河川舟運は衰退していき、川から舟の姿は消えて行きました。

水力発電や上水確保のためのダム施設が架線に設けられるようになり、新たな川に対する働きかけが始まりました。

 

 

 

 

【昭和の人々の川との関わり方】

 

昭和になると、日本の高度成長が進み、バブルが始まります。

自然に目を向けない人も多くなり、川も開発資源として見られるようになり、都市化の影響で水質の悪化、保水性の低下など河川周辺環境の悪化などが多く見られるようになります。

 

 

 

 

【平成・現代】

現代になると『治水』『利水』だけではなく、地域位残された貴重なオープンスペースとして川を考えるようになって行きます。

 

河川全体の自然の営みを視野に入れ、親水や景観を意識した河川整備を行い

『多自然川作り』が進められています。

 

 

 

【現代の人々と川との関わり】

 

 

現代に入り、バーベキューや川遊び、釣り、キャンプなどまた『遊び場』として注目されて賑わいを見せています。

一方で、川を保全する団体やコミュニティも多く、ビオトープを用いて生態系を戻す取り組みなどもおこなています。

 

 

 

5・まとめ

今回は前の回の続きである『川と日本人の関係と歴史』を記事にさせていただきましたがいかがだったでしょうか?

 

我々も川のPVを撮らせてもらったり、最近川に関わることが多くその中で

『思っているより川は綺麗で汚い』という事に気付かされました。

僕らが意識することで『ただただ綺麗な川』にして行けたらいいですよね!

 

それでは!また次の記事で!バイバイ!

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